25周年

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こんにちは、院長の阿部哲夫です。
早々に梅雨が明け、夏到来です。毎年梅雨をいかにやり過ごすかに腐心している私としてはうれしいのですが、その反面、異常気象を思うと不安にさえなります。ウクライナ情勢、化石燃料への回帰のために地球温暖化が加速されているのではないかといった不安です。夏からは台風シーズンになりますが、史上最大級という言葉が毎年のように繰り返されないことを願ってやみません。

7月10日は当院の開院記念日です。今年は開院25周年なので、特別休診日にしようと思ったのですが、残念なことに日曜日でした。平成9年7月10日当院は開院したのですが、その当時はまだメンタルクリニックは一般の方への認知度は低く、荒川区内でも1~2件しかないといった状況でした。はたして精神科、心療内科だけでやっていけるのか?こうした不安のために、開院前一か月は眠れない日が続いたことを覚えています。いまでこそ、どこの駅前にも少なくとも一件はメンタルクリニックがあるのは当たり前のことですが、当時は一部の有名医師が開業しているだけで、わたくしのようなごく普通の精神科医が開業することはそれほど多いことではありませんでした。

当時はインターネットも普及しておらず、今ではあって当然になっているホームページもなく、当院でもHPを開設したのは開院後1年たってからだったような気がします。口コミ以外の宣伝媒体は電話帳しかなく、電話帳に掲載されるまでの半年間は患者さんが急に増えるということもありませんでした。しかし、当時は精神科クリニックが珍しかったこともあって、近隣のかかりつけ医の先生方から多く患者さんを紹介いただき、下町の人情の厚さに感激したものでした。最初は、受付事務兼ケースワーカーの女性と二人で当院は始まりました。その受付の方は、受付事務もこなす一方ケースワーカーとして予診(インテーク)もとり、そのうえ精神科訪問看護もこなすといったマルチタスクの人材で、当院の草創期を本当に支えてくれました。これほどの優秀な人材に開院当初から恵まれたのは本当に幸運でした。

その後、外来患者さんは徐々に増え、時間を要するカウンセリングが必要な患者さんも増えてきました。そこで、心理カウンセリングを担当してくれる心理士が必要となり、人を探していたところ当時荒川区の教育相談室で非常勤として勤務していた心理士を紹介されました。その方が、現在も当院でデイケアや心理カウンセリングを担当している土屋さんです。当時開院2年目だったと思います。その後は、開院4年目にデイケアを開設しました。それもたまたま当時渋谷にあった恩田クリニックのデイケアを主になって運営していたスタッフが、恩田クリニックを退職したとききつけ、スカウトしてデイケアの立ち上げを一から担当してもらいました。この出会いも幸運だったと思います。この当時のことは、デイケア開設後2年目に入職した、森岡さん(現在スタジオ753施設長)が詳しいと思います。当時のデイケアは、スタッフも20歳代ばかりで私も40代前半で運営自体は未経験、本当に試行錯誤の連続だったと思います。本当に語りつくせないほど、いろいろな苦労がありましたが、今となっては良い思い出です。

現在地に移転したのが平成20年5月です。このころは公私ともに激動の時で、語り始めると紙面が足りなくなるので詳しくは語れません。移転後はリワークデイケアを開設、東京都から認知症疾患医療センターとして指定、スタジオ753や訪問看護ステーションの開設などがあり、スタッフも徐々に増えていきました。その間、現在当院を支えてくれている多くの人材と巡り合い、それに伴い当院も活動の幅を広げていくことができました。現在の当院のスタッフ数は50人を超えており、小規模とは言えないレベルになってしまいました。一人一人を挙げてその出会いを説明したいのですが、紙面が限られているのが残念です。

こうして振り返ってみると、この25年間は人の出会いがあべクリニックや法人の組織を支えてくれたのだと実感します。スタッフだけではなくとりわけ皆様患者様方が、当院を支えてくれてきたのだと感謝の念に堪えません。これからも、あべクリニックが皆様のお役に立てるように、開院当初の初心を忘れずに頑張っていきたいと思います。