11月ですね
11月に入り、季節もすっかり冬めいてきました。木枯らしが吹き、東京でも紅葉が見られるようになっています。今年の冬は暖冬なのでしょうか? それとも厳冬でしょうか? いずれにしても、早いもので今年も年末の足音が聞こえる季節になりました。
今、私にとって一番の関心事はアメリカの中間選挙です。トランプ大統領が信任されるのか、それとも不信任を突きつけられるのか。海の向こうの話とはいえ、私たちの日常生活にも大きな影響があるだけに、無関心ではいられません。それにしても、アメリカの選挙戦は本当に無秩序です。SNSでデマを流して相手を誹謗中傷してもお構いなし。勝つためには何をやってもいいというのは前世紀的だと感じるのは、私が古いからでしょうか? 特にトランプ政権になってからというもの、力がすべてという風潮がはびこってきていると思います。国際法を無視してでも、力こそ正義とばかりに、独裁的な国が軍事力を使ってやりたい放題です。ロシアにしても、アメリカやイスラエルにしても、侵略や残虐行為をしても平気な顔をしています。挙げ句の果てには、国際法に基づいて裁きを行う国際刑事裁判所(ICC)を攻撃する有様です。
法の支配によって秩序を維持することは、人類が長年の経験と知恵で編み出した基本的なルールなのだと思ってきました。法の支配を尊重して平和を維持することが、人類全体の発展につながるのだと思います。短期的な自国の利益を優先して戦争をするよりも、法の秩序の下で話し合い、妥協点を見出して平和を維持するほうが、長期的に見れば人類全体の繁栄につながるはずです。「自分の国や同盟国は核兵器を持っていてもいいが、イスラム国家には核兵器を持たせられない。だから戦争をする」という論法は、まったく利己的で論理性を欠き、自分の都合しか考えていません。まだ何も悪いことをしていないのに、相手と同じ兵器を持とうとしただけで理不尽な攻撃を受けるのなら、それを防ぐために核兵器を持ちたいと思うのは当然の結論です。その一方で、資源に乏しい北朝鮮が核兵器を持っても戦争にならないのは、戦争をしても利益がないからでしょう。ベネズエラにしてもイランにしても、アメリカが侵略したのはその国が資源国だからです。宝物を持っているから殴り込みをかける。これでは反社会的勢力と何ら変わりません。その意味からも、ICCの元裁判官であるナビ・ピレイ氏にノーベル平和賞が贈られたのは、とても意義のあることだと思います。
トランプ政権になってからのアメリカは、世界のリーダーとしての地位を失い、世界から蔑まれる国へと変貌したのだと思います。何か気に入らないことがあると誰彼構わず殴り、持っているパンを奪うような人を、誰が尊敬するでしょうか? それに比べれば、台湾と無理やりにでも一緒になりたいと願っている中国のほうが、もともと一緒の国だっただけに、まだ道理が通るように感じてしまいます(人権が尊重されていないのはいただけませんが)。第二次世界大戦後、日本は一度も武力を行使していません。その一方で、アメリカは世界で最も多く戦争をしてきた国です。こうした事実に、誰も気づかないのでしょうか? アメリカの中間選挙の報道を見ながら、そんなことを考えていました。結果が楽しみです。




